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A Day In The Life

とあるプログラマの備忘録

自分の作ってるものは決定的に何かが違う

何かが違う

最近、iPhoneアプリの開発をやってますが、自分の作ったもののクオリティがApp Storeに出回っているアプリと決定的に何かが違うので悩んでいます。うまく説明できないのですが、ものすごく深い溝のようなものがあると感じています。

違うと感じる原因

普段関わってる企業向けシステムで重視されることってユーザが楽に使えることだとか業務が効率化されることだとか業務のコストが削減されることだったりします。また必ずしもエンドユーザが大事とは限らない(経営者にとって利益がでるかとかのほうが大事だったりする)ことが多いです。
一方、今作ろうとしているコンシューマ向けアプリ(iPhoneアプリとかゲームとか)の場合、使ってて楽しいだとか能動的にユーザが使い続けたくなるだとかが重要だったりします。使い勝手が悪かったり面白くなければ即行捨てられます。
ようは業務システムはユーザが頭を使わない(考えない)ことが重要でコンシューマ向けアプリはユーザの麻薬性が重要なんじゃないかと。

体験が大事

業務システムはユーザや経営者から話を聞いただけで作りますが、コンシューマ向けアプリで同じことやったらろくなもの作れないなと。やっぱりコンシューマアプリは作る側がユーザと同じ体験をすることが大事なんだと。
じゃぁどんなふうに体験すればいいのか?

どうする?

今回作成しているアプリはiPod Touch/iPhone用の英語の発音学習アプリなので自分がまずiPod Touch/iPhoneのヘビーユーザになり、英語の学習者になる必要があります。
その体験から次に自分が欲しいものを作ってみる、自分が欲しい=自分がユーザーであれば比較的作りやすいはずです。ただそれが他の人に受け入れられるかはわかりませんが...。自分が欲しい物を作れない人間に他の人が欲しいと思う物は作れないと思うのでまずはここから、オレオレアプリにならないように気をつけながら実践していきます。

気をつけること
  • 技術ありきで作るのではなく、まず何を作るのか何が必要か明確にしてからそれを実現するために技術を使う。
  • 理論ありきで作るのではなく、まずは自分の感覚で作ってみてその感覚が正しいかチェックするために理論を使う。
  • 主観を入れない。
  • 作る対象物の体験・経験をすること(中途半端な経験じゃだめでその道を究めるぐらいじゃないといけないと思います)。
  • ユーザは自分よりもはるかにたくさんの体験や経験をしていることを忘れないこと。
  • 自分は作る側の人間だと勘違いしないこと。

理論、技術がいらないということではなく(むしろ理論技術先行のときよりも深い理論と技術が必要)、理論や技術が想像(創造)の幅を狭くしてしまうということを常に頭に入れておこうと思います。
ショウペンハウエルが「読書は他人に物を考えてもらうことだ」と言ったことに似ているような気がします。
理論や技術を理由に思考停止しないように気を付けます。

参考記事

いま自分が抱えてるモヤモヤしたものについてヒントになる記事を見つけました。今までもの作りに対して抱いてた間違った認識、甘かったところ、足りないところについていろいろと気づくことがあってとてもためになりました。

参考書籍

読書について 読書について 他二篇 (岩波文庫)
ショウペンハウエル

追記:2009年5月18日

「頑張っているつもりなのに、一定のラインを越えられない」と感じている人は、その「ライン」が自分の経験と感性というラインである事を知るべきです。つまり自分より下の人達にしか相手にされていないという事です
上記の記事を読んで少しすっきりしました。自分が最近感じている越えられない壁のようなものは「経験と感性」の限界(現時点での限界という意味です)から来ているものだということがわかりました。そういった意味では環境にこだわって引越したのも正解だったなと思ったりします。
#「要件定義」ってなんて傲慢な行為なんだろうと感じます。経験・体験もしたことないのに作る物の要件決めるなんて...なんだそれはと、なめてんのかとすら感じます。