ポスチュアとユーザインターフェースから見る iOS アプリのトレンド ー iOS7 の登場で変わるアプリのトレンド ー
最近読んだアラン・クーパー氏の著書『About Face 3』ではソフトウェアを「使われ方」と「見た目」の2つの視点で分類していました。拙著『プロの力を身につける iPhone/iPadアプリケーション開発の教科書』の第3章では iOS アプリを実装面から分類しました。実装面からの分類は UI 設計時には役に立ちますがアプリの方向性やターゲットユーザを決めるような UX 設計時にはあまり役に立ちません。UX 設計のようにアプリをマクロの視点から考えて設計するときには『About Face 3』で紹介されている分類のように実装に依存しないユーザ目線から分析したものの方が使えます。というわけでこの記事では『About Face 3』のソフトエェアのパターンを iOS アプリにあてはめて最近のアプリの傾向を分析してみます。
About Face 3におけるソフトウェアのパターン
『About Face 3』では以下のように、ソフトウェアを「使われ方」と「見た目」の2つの視点から分類しています。
使われ方の違いによるパターン
使われ方の違いによるパターンは『About Face 3』の中ではポスチュアパターンとして紹介されています。聞き慣れない単語ですが、ポスチュアについては以下のように説明されています。
製品のポスチュアとは、振る舞いのスタンスであり、ユーザーに対して自分をどのように見せるかということだ。ポスチュアは、ユーザが製品とのインタラクションにどのくらいの注意を払うか、ユーザーの注意の程度に応じて製品がどのように振る舞うかという問題である。
製品全体とユーザとの距離を決めるのを助けてくれるパターンです。ポスチュアには以下の3つのパターンがあります。
- デーモン的なポスチュア
ユーザの気づかないところで動いているソフトウェア。通常ユーザとの間にインタラクションは発生しない。プリンタドライバやネットワーク接続、サーバからの Push 通知など - 単発的なポスチュア
ごくわずかのコントロールで1つの機能をサポートし、すぐに通り過ぎてしまうソフトウェア。必要に応じて起動され、ユーザが目的を達成するとすぐに閉じられる。天気予報アプリや音楽再生アプリ、マップアプリなど - 支配者的なポスチュア
ユーザの注意を長時間に渡って独占するソフトウェア。ユーザはソフトウェアを持続的に起動状態に保つことが多い。電子メールアプリやプレゼンテーション作成アプリ、音楽制作アプリなど
単発的なポスチュアと支配者的なポスチュアはターゲットとするユーザの傾向がちがいます。表にすると以下のようになります。
見た目の違いによる分類
見た目の違いによる分類は『About Face 3』の中ではユーザインターフェースのパラダイムとして紹介されています。ソフトウェアの見た目には以下の3つのパラダイムがあります。
- 実装中心のインターフェース
ソフトウェアがどのように作られているか、どのように組み立てられているかをそのまま表現しているインターフェース。ユーザはソフトウェアの内部的な仕組みやプログラムの動かし方を理解していないと使えない - メタファ(metaphor)的なインターフェース
インンターフェースに含まれているビジュアルな手がかりとその機能をユーザが直感的に結びつけてくれることを頼りとするインターフェース。スキュアモーフィック(skeuomorphic)デザイン*1を採用しているソフトウェアに使用されることが多い。iOS6までのアップル純正アプリはスキュアモーフィックデザインをベースにメタファを巧みに取り入れたものが多い - イディオム(idiom)的なインターフェース
ユーザがイディオムを学んで使うメカニズムを基礎としているインターフェース。実装中心やメタファ的なインターフェースと違い技術的な知識や機能の直感的な理解に依存しない。イディオムとは慣用句や熟語という意味の単語でここでいうイディオムとは単純な操作を組み合わせて意味のある操作を定義することを指します。わかりやすい例では、マウスのダブルクリックや右クリックに特定の動作を割り当てたり(ダブルクリックでアプリが起動する、右クリックでコンテキストメニューが表示される)、スマホのジェスチャー(ダブルタップや画面長押し、フリック)に特定の動作を割り当てるなどがあります。イディオムを操作の中心にしたソフトウェアではメタファがかえってユーザの学習を妨げることがあるため、リアルな見た目とは相性が悪い
近年、直感的にわかるソフトウェアがユーザの為によいとされる傾向があり、メタファ中心のインターフェースを持ったソフトウェアが(特にスマートフォンでは)高い評価を得ていたように思います。『About Face 3』ではメタファの欠点として以下を挙げて、メタファに頼りすぎるソフトウェアに対して警告を発していました。
- メタファは文化的な違いや世代の違いを超えれない
とある国ではメタファになり得るものが別の国ではメタファにならない。またフロッピーディスクのアイコンや黒電話のアイコンのように現物を知っている世代にはメタファになるものが知らない世代にはメタファにならない(参考:保存アイコンでみえてくるアイコンデザインの勘違い) - 初心者から中級者になった後はメタファが操作の邪魔になる
メタファは初めて使うユーザには小さな効果があるが、操作に慣れるとメタファを必要としなくなるためかえって邪魔になることがある - メタファは現実世界に縛り付けてしまいコンピュータ本来の力を発揮できない
メタファを使うと現実世界の制限をそのままソフトウエアの世界に持ち込んでしまう - すべてをメタファで表すことは現実的に不可能
メタファで表せるものとそうでないものがある
逆にイディオムは学習が必要ではあるものの、優れたイディオムは一度学習すれば身に付くため、優れたイディオムがあればメタファに頼る必要がないとありました。とくに支配者的ポスチュアのように頻繁に使うソフトウェアにはメタファ中心のインターフェースよりもイディオム中心のインタフェースの方が相性が良いと思います。
クーパー氏の分類を iOS アプリに当てはめると
『About Face 3』の分類はあくまでデスクトップアプリケーションのための分類なので iOS アプリにあてはめる場合には少しアレンジしてやる必要があります。使われ方のパターンにあるデーモン的ポスチュアはOSの機能であったりアプリの1機能として実装されることがほとんどで単体アプリとして存在することはあまりないため除外して、見た目のパターンにある実装中心のソフトウェアは開発者の未熟さの結果できるものなので除外して考えてみます。
この2つを除くと、単発的と支配者的ポスチュアとメタファ的とイディオム的インターフェースが残ります。
これらはそれぞれ対極的な意味をもっています。そこでメタファ的/イディオム的ソフトウェアと単発的/支配者的ポスチュアをそれぞれXY軸にしてアプリを分類してみます。
2013年7月現在の iOS アプリの傾向
私が独断と偏見で選んだ2013年7月現在のアップル純正アプリとその他開発会社のアプリをグラフに配置すると以下のようになります。
アップルがメタファを多用したアプリを開発しているのに対して、Google がメタファに頼るのをやめてシンプルな見た目のアプリを開発している傾向があります。以下は表で取り上げたアプリの一覧です。
支配者的ポスチュア × イディオム中心
メールや SNS などコミュニケーション系アプリが多い印象です。スマートフォン向けの支配者的ポスチュアなアプリはまだまだ発展途上にあるようです。ただし Figure のような尖ったアプリもあります。iOS 7の登場でこのエリアのアプリがどのように発展するか要チェックです。
単発的ポスチュア × イディオム中心
とても挑戦的なアプリが多い印象です。単機能のアプリが多くチャレンジしやすいのかもしれません。
- Clear
ToDo管理アプリ - Weathercube - Gestural Weather
天気アプリ - Google 検索
Google 検索アプリ - Google Maps
Google が開発した地図アプリ - ClearWeather
天気アプリ
支配者的ポスチュア × メタファ中心
About Face 3では支配者的ポスチュアとメタファは相性が悪いとされています。また支配者的ポスチュアなアプリが全体的に少ないのでこのエリアのアプリもあまりありませんでした。AmpliTube のように現実世界を忠実にシミュレートするためアプリは今後も一定以上のニーズはありそうです。
- AmpliTube
ギターアンプとエフェクターのシミュレータアプリ - GarageBand
アップル純正の音楽制作アプリ - LINE
無料メッセージアプリ
単発的ポスチュア × メタファ中心
アップル純正のアプリがわかりやすかったので集めてみました。
- メモ
メモ帳アプリ、紙の質感やページめくりのメタファを使用して実物のメモ帳に似せています - カメラ
カメラアプリ、カメラのレンズや絞りのメタファを使用しています - カレンダー
カレンダーアプリ、紙の質感はないものの1ヶ月を1ページに配置する実物のカレンダーの配置を使用しています - マップ
地図アプリ、紙の質感を使用しています - 天気
天気予報アプリ、天気を表すアイコンが写実的です
フラットデザインの流行と iOS7
6月に発表された iOS7 は従来のメタファを多用したデザインをやめて見た目がとてもシンプルになりました(iOS7 の概要は以下の YouTube 映像で見ることが出来ます)。
iOS が iPhone 発売以来はじめて大幅な刷新をするということで大きな話題になりニュースやブログで沢山の記事が書かれました。ただどの記事も見た目の話に終始していて「スキュアモーフィックデザイン VS フラットデザイン」という視点の内容が目立ちました。個人的にはスキュアモーフィックとフラットデザインは対極に語るものではないと考えています。見た目だけでなく、この記事で分類したようにユーザからどのように使われるのかという視点を入れてやることで少し違った感じ方が出来ると思います。
アップルは iOS7 で再びイノベーションを起こそうとしているように思います。単純に見た目を変えるだけでは終わらないと思います。個人的には成功するかどうかの鍵は、スキュアモーフィックデザインを捨てて革新的な OS になるのか、それともスキュアモーフィックデザインを捨てきれずに見た目だけシンプルになり、以前より使いにくくなってしまうのかだと考えています。
アップルがデザインを一新したのは、近年 iPhone に限らず Android、Windows Phone などスマートフォンが当たり前になり、大半のユーザがスマホ特有の操作(タップやフリックなど)に慣れたことで、見た目のわかりやすさよりも毎日使っても飽きない実用性の高いアプリが求められるようになったのだと思います。シンプルな見た目でメタファに頼らないフラットデザインが流行している理由もこのあたりにあるのではないかと考えています。
AmpliTube のようにメタファを多用して現実世界を忠実に再現するのが目的のアプリは iOS7 になっても必要とされると思います。とはいえ全体的には下の図の示す方向に流行は徐々に変わっていくと思います。
まとめ
ここまでの内容をまとめると以下の3つが重要になります。
- アプリを見た目(インターフェース)からだけ分類するのではなく、ユーザがアプリとどのように付き合うかという視点(ポスチュア)からも分類する
- ポスチュアの違いがアプリの見た目に影響を与えることがある
支配者的ポスチュアのソフトウェアはメタファが邪魔になる時がある - iOS7 の登場でメタファを多用したアプリよりもシンプルな見た目のアプリがトレンドになる
シンプルな見た目だからデザインが簡単というわけではなくむしろ抽象度が上がるので、デザインの難易度はスキュアモーフィックを前提にしたアプリを開発するよりも難しくなると思います。一歩間違うと「シンプル=何もない」になってしまいそうで非常に怖いです。また見た目をシンプルにしてジェスチャーを多用するアプリがユーザに受け入れられるのか、今のところよくわからない(Clear や Weathercube が必ずしも使いやすいわけではない)です。開発者としてチャレンジしがいはあるものの大変な時代に突入しそうだなぁと、今から少々ビビっています。逆に1アプリユーザの立場から考えると今後、革新的で便利なアプリが増えて面白くなりそうだなとわくわくしています。
参考記事
*1:人工物からコピーされたデザイン。かならずしもリアルな見た目である必要はないので注意。時計の長針と短針をモチーフに使ったフラットな見た目のアプリや電卓のキー配列をそのままコピーしたフラットな見た目のアプリなどもスキュアモーフィックデザインに分類される